リサイクル

最近、近所のゴミの収集場所の管理が大変になってきたという実感がある。コロナ禍で巣ごもりの傾向にあるのか、ごみの量が大幅に増えてきているうえに、通りすがりの人が置いていくのか、捨てていくのか、明らかに出されているごみの量が増えているのである。環境問題やごみ問題は便利さと裏腹の関係にある。便利な暮らしを求めれば、どうしてもゴミの量は増える。ごみを問題にするならば、自らゴミを減らすような生活をしなくてはならない。「地球にやさしい暮らし」は、実は人間にとって厳しい暮らしなのである。食生活なども同様で、「農産物は無農薬栽培でなくては」と要求する人が、家では合成洗剤を使い放題というのは首尾一貫しない。
時々、ごみの山を見ながら、効果的なリサイクルの方法がないかをと考える。リサイクルできるならば、それはゴミではなく立派な資源であり、原料、素材である。という事で200年ぐらい以前の、当時世界一と言われたクリーン百万都市、江戸について改めて考えてみる。江戸時代の日本人の生活は、燦燦と降り注ぐ恵み豊かな太陽エネルギーだけで賄われていた。すなわち江戸時代の人々の、大方の必需品は植物性である。江戸の生活、文化はこの植物の活用という点では、極点に達していたのであろうと想像する。要するに、江戸時代とは二百五十年かけて太陽エネルギーをリサイクルさせるだけで、今と同じ面積の日本の国で、国民が自然環境を壊さず、汚さず、生活をしてきたと定義づけられる。我々は、消費は美徳などと煽てられて、そのような生活に何の疑問も持たずに、どっぷり漬かっていたら、ふいにごみ処理、環境破壊と身近に最後通牒を突き付けられた感じである。
では、江戸時代のリサイクルはどのようなものかについて考えてみる。多分、江戸時代は米作りが最大の国内産業だった。脱穀した後に残る藁は草履、草鞋,ざる、俵、家畜のえさ等の日用品を作り、大半は堆肥や厩肥などの肥料とし、残りは燃料その他に使用した。燃やした後の藁灰もカリ肥料になり、完全にリサイクルしていた。
各地の大名たちは将来を見通して、湿地を開墾して水田を作ったり、植林を積極的に行ったりしたので、新田と呼ばれる広大な水田や、素晴らしい平地林を誕生させた。この長期的視野でものを見つめ考えるやり方は、鉄とコンクリートに囲まれた近来の日本人には欠落しているところで、深く反省する必要がある。
江戸時代は、植物から出来上がっていて、土から生まれ土に還るサイクルが極めて自然にできていた。これに加えて、慢性的な物不足と仏教的な考え方から「勿体ない」思想が行き渡り、恥文化と相まって江戸リサイクル文化は完成したのであろうと思われる。これに対して現代の我々の消費文化は、アメリカの真似をして、使い捨て文化を享受したものだから、処理しきれないゴミの山が生まれたのである。江戸のリサイクル文化をどう生かすか。我々自身は江戸には帰れないが、せめて子孫のためにも、各人が自覚してゴミを出さぬように努め、無限の英知でゴミを資源化する方法を完成させるしかないだろうと思う。