上海万博のついでに〔1〕

今月初旬に上海万博を見に行った。少しは涼しいかなと思って行ったのだが、期待に反して猛暑だった。日射病対策として、常にペットボトルに冷たいウーロン茶を携帯して歩き回り、それでも日本館と中国館だけはなんとか見ることが出来た。日本館は正直言って失望した。テーマとして掲げていたのが「こころの和・わざの和」でロボット技術などの最先端の技術の展示と、トキをモチーフとしたライブショーが主だった。ロボットがバイオリンを弾くといった精緻な技術はさすがと思わせられたが、全般的に感激性も薄いし、見終わって物足りなさが残った。コンパニオンの女性スタッフが、トキをイメージした制服姿も、あまり格好がよいとは思えない代物だった。中国館は大勢の中国人観客が詰め掛けており、並んで入場となると四時間待ちとか六時間待ちと言った状態で、話題になっていた日本の建築家のすでにある建築物の模倣と騒がれた例のパビリオンは、確かに雄大で目立っていたが、見慣れているような錯覚があって、特に、注目に値するするようなものでもなかった。観客の多くは上海市以外の地域からのようで、どうも観客数で日本の大阪万博の人員を上まわらせるために、意図的に動員されているような気がした。日本のつくばで開催された科学博や、神戸のポートアイランド博のような充実感や高揚感は感じられず少々物足りなさが感じられた。
しかしながら上海市の変貌ぶりは凄まじい。人口は世界一で、さらにどんどん増加中とのことである。インフラの整備も活発に行われていて、上海空港から市中心部に通じる道路は一方通行で、しかも六車線の弾丸道路である。道路の周辺は、マンションや業務用のビルが隙間もないほどの密度で建ち並び、まるで妍を競っているようである。それどころか、万博開催真っ只中にも拘らず、どこもかしこも活発に重機の唸りが聞こえてくるような錯覚すら覚える。市の中心部は道路も広いが車がとにかく多い。その桁違いに多い車が、交通信号を守らないのには仰天した。割り込み、追い抜き、信号無視と何でもありきで、譲り合いの精神など、そのかけらも見られない。譲っていたら車を進めることなど、とても出来ないという状態である。
上海万博の開催直前に、工事の遅れている状況がテレビで放映されて、開催に間に合うかどうかと気をもませていたが、現実には立派に間に合っている。日本の場合、労働時間は一日八時間、土日休みであるが、中国は日本の人口の十倍、尚且つ労働時間は一日二十四時間、土日休みなしで工事が進められる。従ってそのスピード感は、日本の十倍の速さで進むと言う感じである。いずれにしろ上海市の迫力には度肝を抜かれる思いがした。
そもそも中国の上海市は「租界」の歴史である。アヘン戦争のどさくさまぎれのように、イギリスについでフランス、アメリカ、ドイツなど欧米の列強が上海に土地を借り、一種の治外法権的な「領土」を構えた。自分たちは西洋風の豪華な建物に住み、中国人を奴隷のごとく使った。現在、外灘地区に観光施設のごとく建ち並ぶ、ゴシック様式やネオ・バロック様式、アールデコ様式の建物は、その当時の遺物である。その屈辱的な「租界」が終焉して六十五年、見事に復活した上海市の活力に驚嘆し、万博見物よりはるかに多くの刺激を受け、日本の未来にはかりしれない不安を感じさせられた。
「租界」時代の暗い悲劇的な形跡等は、まったくない躍進著しい上海市の姿は眩しかった。