米作りの重労働
第一次産業が経済の基軸であった頃は、汗水たらして働くことが勤労とほとんど同義だった。その頃の農家は、田畑を手広くしていた上、養蚕まで手掛けていたから、夏は暗いうちに起き、暗くなるまで働いていた。しかも夜間は蚕室を23度から25度に保たねばならぬので、温度計と火鉢から目が離せない。眠い目をこすりながらの養蚕も、重労働の米作りも苦難の連続であったのである。従って、子供の頃、母親には米粒を一粒でも茶碗に残すと、お百姓に申し訳がないと厳しく怒られたものだ。米作りは厳しく辛い労働の結果からしか生産できないのに、この半世紀余り日本人は、主食の米に対して冷淡になってきていた。食卓の上にはパンやうどんやパスタが増え、確実にコメ離れが進んでいた。政府も「コメ余り」という見立ての下で、漫然と減反政策を続け、作今の米不足を見抜けなかった。政府は政策を転じ、米の増産に向けて生産者を支援するという。
しかしながら、いったん米作りをやめた水田を、以前の米作りの水田に戻すには長い時間がかかる。しかも、日本の国土は、必ずしも農業に適しているわけではない。国土が狭い上に、大半が山地で平野が少ない。気候は温暖だが、台風など災害の脅威と常に隣り合わせだ。それを我々の祖先は汗水たらして土地を開墾し、土壌と品種の改良に取り組むなどして、この国土を豊穣の地に育て上げた。主要先進国の中で、最低レベルと言われる食糧自給率を考えると今の危機的状況を乗り越えるためには米の増産は喫緊の課題である。
日本の農業は、農家の高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増加など不安の要素があまりにも多い。
汗水たらして働くことを敬遠する現下の風潮にあっては、新たに就農を希望する若者も簡単には増えないだろう。厳しい農作業が秋の豊かな実りを生んで来たように、汗水たらして働く人たちが確実に報われる国であってほしい。