米問題は自分ごと
今朝のテレビのニュースで、5キロ4000円の米は高いので、低価格で味が良いとされているトルコ産のパスタが大人気で、消費が大きく伸びており、この傾向は今後進むと、まるで米をやめてパスタにする人が増える、傾向にあるかのような印象を与えるかのような口ぶりで放送していた。
我が国の食糧安保を考えると、この手の話は慎重に扱ってもらいたいと思う。何故かと言うと、日本の農業者の平均年齢は約70歳と言われている。この数字は、あと10年もしたら、日本の農業・農村は崩壊してしまうかもしれないという事実を示している。今、農業経営者の現状は肥料や農薬、機械類の高騰分を農産物の価格に転嫁できず、農家崩壊のスピードが加速しているのである。せっかく生産した米を、コストに見合う価格で販売できず、次世代に引き継ぐどころか、経営の存続自体、難しい状態が続いている。この事態の意味するところは、輸出規制などで海外からの食料輸入が滞ったら、国民は食糧がなくなるという事である。今、危惧されているのは、中国が台湾に軍事行動を起こしたとしたら、シーレーンが封鎖されて、日本は輸入が途絶えてしまう。食糧が全く入ってこないという事になる。安全保障の要点は国産の食料を確保することである。水田があり、そこで米を作るということは命の安全保障の要である。既存の農業を維持させるとしたら、やりがいの確保、需要の確保、適正な販売価格の確保が不可欠である。
同時に農業問題は農家の問題である以上に、消費者の問題である。もし輸入が止まったら、日本が自給できるのは米しかない。従って飢えることを防げるのは米を生産するしかないという事である。つまり、農業問題は農家の問題である以上に、消費者の問題なのである。トルコのパスタも輸入が止まれば入ってこないという、現実を認識してもらいたと思う。
「農業問題は、自分ごと」なのである。コストが高くても、国内で頑張っている農家をみんなで支えることが、命を守る一番安全保障なのである。