本来の日本の男は
数日前の新聞の時事川柳の投稿に 「怒る気も失せる 由紀夫の軽い口」 というのがあった。我々はこうゆう軽い男を選んで、総理大臣にしてこの国を任せた。その結果取り返しが付かない程の痛手を負った。尖閣の危機、北方領土の危機、国民の安全の危機、財政破綻の危機。しかし、本人は事の重大さをまったく理解していない。
世の中の多くの人が、日本には人材がいないという。しかし、これはまったく逆ではないかと思う。世の多くの人々のほうが、人材を見る目がないことのほうが多い。民主党に政権を与えたのはその典型ではないか。
古来日本人は、農耕民族の血を引くためか、どこかぎこちなく、何かにつけて不器用で、才能も際立って恵まれていなくて、ややもすると他人に愚直といわれるような男が多かった。しかもそうゆう男は義理や人情に厚く、大言壮語もしないし、家族のためには汗を流して働くし、妻には涙を絶対に見せる事はないし、子供にはいかなることがあろうとも愚痴を聞かせないことを男のあるべき姿としてきた。そして結果は別として、とにかく何事も一生懸命にやる。不運を嘆いても始まらない。こうした日本人が少なからずいたものだ。これが日本人の最大公約数だと思う。その不器用な男たちが結果として、日本を世界第二の経済大国にのし上げたのである。
男の嘆きはほろ酔いで、酒場の隅において行く、目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、そんな詩をどこかで読んだことがある。鳩山のような軽薄才子はまれに見る少数派なのである。