問題の軽重

韓国とは付き合いたくないと、正常な日本人なら誰でもそう思っている。最近の文在寅大統領と国会議長らの言動は、自国の利益を犠牲にしてまで、日韓関係を悪くしようとしているとしか思えない。慰安婦の問題にしても、戦後70年もたってから、当事者と人道主義者が急に、活発にこの事を言うようになった。かって慰安婦問題を、教科書に記述するとかの問題が起きたことがあったが、全て歴史というものは、日本という国家が、初まってからの年数の中で、どれが重要かを割り振って記述するのが妥当だろう。
日本の国家が、複数の資料の元に、歴史的にその存在の事実が可能なのは、約1.330年分ぐらいだと云われている。その中で、別に均等というわけでもなく、近世、現代の記述が多くなるのは当然としても、戦争という混乱中で、慰安婦の存在等はそんなに大きな問題ではない。しかも、公式文書には慰安婦を強制連行したという事実は一切ないのだから、こんなものを認める話ではない。これを掲載した、日本のある大手新聞が、ガセネタと認めたのでもある。
阪神・淡路大震災や東日本大震災は、それを体験した人にとっては、大きな出来事だった。家族も崩壊してしまった人もいる。生涯の計画が水泡に帰した人もいる。しかしそれでもなお、震災は日本の歴史の中fでは、取り立てて大きく扱われていない。
関東大震災も、東日本大震災も、阪神・淡路大震災も地震国、日本の宿命につながる災害の一つなのだから、救済の方法はどれほど研究されても、し過ぎるという事はない。が、長い歴史の中では、事の軽重という感覚を失ったら終わりだ。慰安婦問題と、日本海海戦とどちらが大きな歴史の事実かというと、明らかに日本海海戦であるのは論を待たない。
今の日本の言論の中には、そうゆう言い方をすると、急に怒り出す人がいる。そうゆうヒステリックな空気に対しては、きちんと対抗するべきであると思う。