再度前号に続く

平成元年、世界全体に占める日本のGDPは、米国の28%に次ぐ15%と、米国の背中が見えたような時代を迎えていた。世界の上位50社(時価総額)中、日本企業が32社を占めていた。
そのころの世界は、米国を盟主とする資本主義・自由主義陣営と、ソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営の対立が、ベルリンの壁の崩壊やソ連解体などで終わったばかりであった。
世界の一強となった、米国が次に危機感を持ったのは、世界経済の中で一人勝ちをしていた日本だった。冷戦時には、米国にとって大切な国であった日本は、冷戦終結でその意味は不要となった。当時、世界第二の経済大国であり、米国の経済上の最大のライバルでもある日本が、グローバリズムとは対極的なシステムを採りながら、極端に強い体質を持っていることは、容認できなかったようだ。そこで日本の強みの源泉である体質を変えさせることが、最優先事項となった。今思えば、意味不明なムーデイーズ等といったアメリカの格付け会社が、日本の銀行や証券会社をはじめ、我が国の優良企業を格下げし始めた。力ずくで終身雇用をやめさせようともした。93年にはクリントン大統領が「ジャパンバッシング」を大々的に展開した。
米国の対日貿易赤字の主たる原因は、日本の家電や日本車ほど質の高い製品を作れないという自らの技術力不足にあるのに、それを棚に日本叩きに走った。90年代半ばから今日まで、金融ビックバン、市場原理、小さな政府、官叩き、地方分権、民営化、規制緩和、大店法、構造改革、郵政改革等々、全て米国が日本に強く要求したものだ。特に郵貯は、財政投融資や公共投資の源泉として、戦後の経済成長、石油危機後の経済復興、地方活性化などに活用されていた。云うまでもなく、郵政民営化とは、民営化され株式が公開されるのを待って、米国が主導権を握って三百兆円の運用権を自由にしようとしたものだ。日本国民が汗水たらし、営々と貯めた三百兆円を、日本政府が米国に貢ごうとしたのが郵政改革なのである。地方の衰退や、国内産業の空洞化や、日本の活力を奪い取る原因となっている郵政選挙で、国民は熱狂的にそれを支持してしまったのである。すべて米国が、日本に強く要求したもので、米国の国益を狙ったもの以外の、何物でもなかったのに、我々は、それに気づかなかった。小泉、竹中政権の正体とは、こんなものであったという事なのである。