世襲社会への警告

今年もあとわずかで新年を迎える。やがて来る新しい年を迎えるにあたって、粛然たる思いにとらわれる。世界的危機の時代にあって、小さな会社を経営する身としていかにあるべきか。
我が国は、2019年の日本は,、政治、経済などのあらゆる分野で、混迷を極めるだろうと想像する。それは大事に当たって適切に対応出来る、勝れたリーダーがいるのであろうかという不安があるからだ。その不安の一つが、政治家にしても、企業の経営者にしても、世襲が支配している現状にある。政治の世界は、世襲の国会議員が150名を超えている。世界中を見渡してもこうゆうのは、日本だけである。欧米諸国では、世襲政治家はゼロ。世界における日本の地位の低下は、世襲政治家に大きな原因があると思う。苦労を知らない、ひ弱な世襲政治家が、安保や外交を担うようになってから、日本の地位が著しく低下したのは紛れもない事実だ。田中角栄や中曽根康弘は、欧米の政治家に、決して引けを取らなかった。彼らは毛沢東やレーガンと五分に渡り合った。世界のトップリーダーは、ハーバード、オックスフオードなど、世界大学ランキングのトップクラスの大学を卒業し、何カ国語も話すスーパーエリートである。それに比べ、日本の政治家は、ランキング圏外の人ばかりである。大学がすべてとは思わないが、日本の政治家は、グローバルに通用する「知性」をいかにして身に着けるかを考える必要がある。
日本は戦争に敗れたが、歴史の事実として、戦前は軍事力も政治力も世界において一流であった。それが何故、二流になったのか。その理由は、世襲によって、無能で、ひ弱で、度胸も勇気もない2世、3世の世襲議員が増えたからである。
企業経営者にしても、リーダーとは本来チームから選ばれた人がなるべきものだ。それなのに、能力の有る無しに拘わりなく、初めからリーダーが決まっているというのでは、社会全体が元気になるはずがない。2世の多い団体を見ていると、死に物狂いで勉強していない。身体を張って責任を果たす覚悟が足りない。世界観も感じられないし、緊張感も見えない。極悪人もいない。だからパワーも感じられないのである。みんなで集まって、意味もなくワイワイ騒ぐだけのようだ。
福沢諭吉は世襲を問題視して、生まれながらの貴賤上下の差別を生むとした。新しい年は、政治家も企業経営者からも、世襲をなくすことを真剣に考え、実現できるようにしたいものだ。