少子化対策かぁ

今朝の新聞は、菅首相が「日本は崖っぷちだ」と言ったというニュースでもちきりである。崖っぷちにしたのは誰なのかなと思う。国民が働かなくて、怠けてそうなったのか、それとも日米安保を始め、政策の失敗がそうしたのか誰でも分かる話である。まるで人ごとのようである。
また昨日のテレビで、子供手当ては少子化対策の切り札で、ヨーロッパでは既に実施していると民主党の著名な政治家が迫力たっぷりに言っていた。しかしながら子供手当ての40パーセントは貯蓄にまわっているのが実体だそうだ。税金を使うのだから、もっと念には念を入れて適切な使い方をしてもらいたいものだ。
日本版の現世の幸福というものは、端的に言うと子供のころから親の庇護のもとに育てられ、順調に学校を出て就職し、結婚して子供を生み育てる過程の中での満ち足りた家族関係を前提として、信頼できる友人や知人、そして社会との良好な関係を保ち、その裏付けとなる物質的条件、そして出来るなら社会的にも人に認められるような地位をつくることである。そして社会的地位の中には子供の学業、本人の健康、わけても職業分野などで成功することも含まれる。従ってこれらを望む多くの親たちは、わが子を一流大学への進学率の高い高校へ、入れるためにと塾や勉強を強制するようになる。親の期待は煎じ詰めれば一流大学、例えば東大を出ればもう大丈夫といった神話があって、東大を頂点とする一流大学のための受験勉強に憂き身をやつす。しかし一流大学というのは、勉強のやり方等知らなかったような田舎高校の秀才とか、好きな語学や数学をやっているうちに、自然に実力が付いてしまった都会の秀才等が、すんなり入るのが自然なのであって、大学を卒業して伸びるのは概してこうゆう人間である。子供のときから受験勉強で学力を研ぎ澄ましてきた子は、大学に入るとそれで力尽きてしまい、社会に出てからも彼は東大を出たという以外、何の取り柄もない人間になってしまうのが非常に多い。私が知っている会社の先輩や同僚や後輩にもそうゆう傾向が非常に多い。
女子も最近は「化ける」とか、言うほどの化粧技術が凄い。太らないためのダイエットもこれまた凄い。その結果、服を着ていれば目立たないが、裸になればアウシュビッツのユダヤ人犠牲者のような体でどうしようもない。あんな体では子供など生めないだろうと思ってしまう。
塾通いの学力が社会で通用しないと同じように、ダイエットと美容整形でつくった美しさでは、次の良い世代を生み育てることは出来ないことは今や明白である。受験秀才が構成員の中心を占めた頃から、日本の政治と経済がおかしくなったのは事実である。ダイエット世代が女性の中心になった頃から、日本の出生率は大幅に低下してきたのである。子供手当てが出生率を高め、少子化対策に有効だという政治家は、もう少しいろいろはことを研究したほうがよいのではないのかと思う。
昔は「読み書き、そろばん」といって寺子屋は4年だった。明治の新学制は小学校4年、高等学校4年のあわせて8年だった。裕福な商家でも子弟が家のあとを継がなくなるからと、せいぜい旧制の商業学校までしか進学させなかった。娘は女一通りの稽古事〔踊りやお茶や裁縫〕と塾で学んだ。そして娘の多くは17、8才で嫁に行った。
今は満22歳で学校を卒業して就職し、30歳前後で結婚するのが普通のようだ。初々しい花嫁という言葉があるが、実物を見ることがなくなった。以前は、はたち過ぎれば年増その上に中年増があって大年増という言葉もあった。昔の8年にもどれとは言わないが、4年制大学を出ても、昔の旧制女学校出の女性以上の内容があるわけでもない。むしろ逆だ。
従って、学制を短くする発想があってもおかしくないと思うが、そのような意見がまったくでないのも怪訝である。学生制度が長いばかりが能ではあるまい。塾通いの政治家というのは発想の幅が狭すぎるのである。