愚かな芸能人たち

また芸能人が不始末を犯した。基本的な教育がなされていないと痛切に思う。親の七光りで、スター街道を何の苦労もなく進んでいる彼らは、何か大きな錯覚をしているのだろうと思う。 一方、15~16歳の複数の少年たちの殺人事件が、一度ならず、また起きた。子供に対する教育の不備である。
子供の教育という点では、戦後の日本人は、「強制」を教育現場に持ち込むことに、非常に憶病になってきた。 多分、戦前の強制や管理教育に懲りて、ナマスを吹いているのではないかと思う。
そのような教育方針と言うのは、子供の立場になってみれば、強制されないのは手抜きをされたことになると、感じているのではないか。 主体性の尊重という美名のもとには放っておかれているのだ。 ものを習い身に付けるには、それぞれの適切な時期があって、これを外すと手遅れになる。 自由に捨て置かれて、もはや取り返しのつかなくなった子供たちが、10代になって非行という形で大人たちに復讐しているのかもしれない。
幼児に対して、躾は強制の姿勢が絶対に必要だ。 子供に強制するにあたって、強制する側、すなわち親や教師に、ゆるぎない信念があるかどうかだ。 教育の最終目標は、自主性を育むことである。 やがて年齢に応じて強制の場面は減るし、強制されなくても、自ら判断し,もっともよい決定を下せるような人格を形成するようになる。 それが教育の目指すところである。
日本人は戦後70年かけて、自尊心を失ってきた。 これを取り戻すのに、この先70年かかるかも知れない。子供に何かを強制できる人間として、大人の方がしっかりしなければ、日本は取り返しのつかないことになってしまう。
戦後の日本人の最大の悲劇は、高い志を持った日本人の精神が失われた事である。