高浜原発差し止め

大津地裁は、滋賀県住民が求めた運転差し止めの仮処分を認める判断をした。 高度に専門的な、科学技術の集合体である原子力発電の理工系体系に対し、文系である司法が理解しきったかのごとく判断した。 いうなれば素人集団が、知ったかぶりの判断をしたということだ。 最高裁は1992年の伊方原発の安全審査を巡る訴訟の判決で、「極めて高度で最新の科学的、技術的、総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断にゆだねられている」との判断を示している。 原発の審査に関し、司法の役割は抑制的であるべきだとした判決であった。 それ以来、各地で起こされた原発関連訴訟の判決には、最高裁の考え方が反映されてきた。 大津地裁の判決は、最高裁の判例の趣旨に反するのは明らかである。
しかも、原子力規制委員会が世界一厳しい基準だとしている判断をも覆したことになる。 原子力委員会は高浜原発の審査会を70回以上開き、約2年以上の膨大な時間をかけて審査し、ゴーサインを出したのである。 それに対し、大津地裁はたった4回の審査で結論を出している。 初めから結論ありきと思われても仕方があるまい。
エネルギー政策はいうなれば国家戦略である。 国家共同体の完成に近い欧州連合(EU)でさえ、エネルギー政策については各国とも権限は移譲していない。 わが国のエネルギー政策を巡る議論は、堂々巡りを繰り返している。 太陽光や風力といったいわゆる「クリーン」なエネルギーに夢を託すと言っただけの、幼稚な議論が幅を利かせている。日本は原子力の平和利用の成功国として、原子力技術を軍事から徹底的に切り離した形で開発普及を促進し、しかもそれを人類全体の発展と、社会的安定に結び付けていくことを政策目標としてきたではないか。  福島の事故の経験を、原子炉の新たな設計や運転技術に反映させるという前向きな形で取組み、新たな技術力に裏付けられた原子力発電システムを、世界に普及させることに全力を傾注すべきなのである。
技術的に問題がある中国の原発が、世界を席巻されてしまってからでは遅いのである。 中国からやってくるPM2,5と同じく、中国で原発事故が起こったら間違いなく、確実に偏西風に乗った放射性物質は日本にやってくるのである。