元気でいこう
安倍首相になって、日本は目に見えて元気を取り戻しつつあるように思う。 政策の結果が円安と株高にと、顕著に表れているからだと思う。
ここのところの日本人は、民主党の未熟な政権運営と、景気の悪さに辟易していた。 そのせいか、みんなで無意識のうちに拝金主義、唯物論に侵されていた様な気がする。
しかも、無気力、無関心、無責任に知らず知らずのうちに陥っていたようだ。 生活保護該当者や年金未納者の増加がその証拠であろう。
日本人を評価した中で注目すべき史料がある。 戦国時代末期に来日し、織田信長や豊臣秀吉に謁見した2人のイタリア人司祭が、国に送った手紙が残されている。
それによると「私たちは賢明に見えるが、彼ら(日本国民)と比較するとはなはだ野蛮であると思う」。
さらに「一般庶民や労働者でも、その社会(日本社会)では驚嘆すべき礼節を持って上品に育てられ、下層の人々の間にも我等ヨーロッパ人の間に見受けられる粗暴や無能力ということがなく、一般にみな優れた理解力を有している」と、彼らの認識は日本民衆に対して極めて高い評価をしているのである。
たしかに明治維新後の急速な近代化も、戦後の驚異的経済復興も、こうした民衆のレベルの高さというDNAなしには、実現不可能であったに違いない。
したがって、日本民族は他国民に比較して、掛け値なしに優れていると思う。 本来の明るい礼節を重んじる国民として、揺るぎない自信を持つことが肝要である。
私は元気の出る表現として、夏目漱石の「坊ちゃん」の文章が好きである。 「温泉は三階の新築で上等は浴衣をかりて、流しをつけて八銭で済む。その上に女が天目へ茶を乗せて出す。俺はいつでも上等へ這入った。すると40円の月給で、毎日上等へ這入るのは贅沢だと言い出した。余計な御世話だ。」
このくだりが何ともいえず子供のころから好きで、何回も繰り返して読んだものだ。 坊ちゃんのいかにも江戸っ子らしい、見栄っ張りと鼻っ柱の強さ、軽佻浮薄さが活き活きと描かれていて、こんな風に生きてみたいと思ったものだ。
我々は、から元気でもよい。 大いに元気を出すことが、危機突破の最大の近道であるといつも思っている。