中国問題に思う
中国でコロナ感染が再拡大している。北京、上海、香港等の情報によると中国のコロナ事情は、悪化の一途を辿っているようである。中国人の来訪を期待していた商店街の人たちも「お金を落としてくれるのは有り難いが、正直、今は来て欲しくない」とのことのようだ。従って、日本政府は、中国からの渡航者に対して、水際対策を一段と厳しくするべきである。中国は逆切れして日本からの入国者に対して、ピザの発行を禁止しているようだが、日本も同じようにしたらどうなのか。
日中の歴史の中で、日本は中国の下風に立ったことはない。七世紀に聖徳太子が隋の揚帝宛ての国書に「日出るところの天子、書を日没するところの天子に致す。恙なきや」という文面からも、対等とする気概と覚悟がにじみ出ている。当時の周辺の朝貢国とは異なる存在であり続けた。
現在、日中関係を重視する政治家や企業関係者は、融和的な態度を取りたがるが、それは安定的な日中関係を築くという観点から見れば、逆効果ではなかろうか。歴史に学ぶとすれば、中国が理解する唯一の言葉は、力の均衡に基ずく相手側の気概であり、それ以外は意に介さないからだ。従って、日米同盟に基ずく米軍の抑止力は強大だ。現在の国際政治の重要さは、米軍はインド・太平洋地域において日本以外の拠点はあり得ない。同時に日本も、米国以上に死活的に在日米軍の存在を必要としている。従来日本は「防衛政策の基本」として専守防衛と非核三原則、文民統制の確保を挙げてきた。専守防衛とは、国民が犠牲になるというのが前提になっている。そうゆう政策は政策とは言えまい。もしそれが前提であれば、絶対に戦争を起こさせない、絶対に抑止するというのが政府の方針でなければなるまい。となると必然的に強大な軍事力と巧みな外交が不可欠となる。ウクライナの教訓に学んで、戦争の抑止に金をかけるべきである。そうなって初めて核軍事大国化し、西太平洋、インド洋への膨張路線を進める中国と対峙する日本にとって、抑止力となるのではなかろうか。日米同盟による米軍の究極的な抑止力を背景に、日本の防衛力の強化によって、初めて中国にとって普通の隣国となるのではないか。