戻らぬ勤勉の時代
経済紙「週刊ダイヤモンド」に、平成元年と平成30年の「世界時価総額ランキング」に、企業を評価している指数がある。
それを見ると、平成元年には、世界のトップ企業10社のうち、7社を日本企業が占めていた。1位NTT。2位日本興業銀行。3位住友銀行。4位富士銀行。5位第一勧業銀行。7位三菱銀行。9位東京電力。50社以内にはトヨタ自動車や野村證券、新日本製鉄など32社が入っていた。
しかし、その30年後のトップ10社は、アップル、アマゾン、ドットコムなどのアメリカ企業や、アリババなどの中国企業が占めている。
日本企業は、トヨタ自動車の35位が最高位で、その他の企業は50社にも入っていない。完全に凋落してしまっている。
つまりこの30年間で、世界はものすごい勢いで経済成長を遂げたにもかかわらず、日本だけがこの成長についていけなかったという事だ。
何がこの間にあったか考えてみると、バブルに浮かれていた時代があり、企業経営者が日本式経営に自信過剰になっていて、余計なことはしなくても大丈夫という考え方が根強く残っていた。要するに日本企業は、大きな油断をしていたという事である。しかも、2010年には中国のGDPに追い抜かれ、3位に転落してしまう。
ちなみにイギリスのメガバンクHSBCには、このままいくと、2028年までに日本は、インド、ドイツにも抜かれて、5位に転落するという予測をたてられている。
なぜこうも日本企業は弱くなったのであろうか。
30年前、私は企業にいたが、当時日本は高度成長を経て、安定成長時代に入っていた。そして勤勉さを反省し始めていたように思う。世界的な経済混乱の中で、強さを発揮していた代表は、アメリカ、西ドイツ、日本であったが、それらの影響下に韓国と台湾があった。
当時の事であるが、私の友人が韓国のある組織から頼まれてソウルで講演をした。先方の依頼通り、あらかじめ要旨を原稿用紙30枚にまとめたが、飛行機が遅れたため、講演の前夜23時になって、やっと、それを先方に手渡すことができた。ところが、驚くなかれ、翌日の昼に講演が始まる時には、その要旨が、韓国語に翻訳され、ガリ版刷りになって、聴衆の手に配られていたのである。手品のような話である。もっとも日本でも、昭和30年代には、その様な芸当ができたろう。しかし、当時でも、そんな徹夜仕事を引き受ける人はいない。日本人は勤勉さを失ったのである。
しかしながら、かっては日本も欧米諸国に対抗して、工業国に成長してきた歴史の中に、多くの人は劣悪な労働条件の下で、長時間労働に耐え抜いてきた。また、昭和の軍国主義政権は、反抗者を弾圧して工業化を急いだ。この労働に耐え抜いた我々の祖父の勤勉さによって、日本経済は工業化し、父の時代の勤勉さによって、世界のトップ水準の工業国にのし上がれたといえる。ところが、今や、世界の工業国がその勤勉さを非難し、また、国内の大多数の人は勤勉さを反省している。自分が生き、子孫が栄えるために、働き続けた祖父がもし生きていれば、どう感じたであろうか。今の若者はもちろん、我々のような中高年齢者層も、30年前の勤勉さはもとより、10年前の勤勉さにも戻れない。歴史は逆行できないのである。