市街地中心部に人が集まる仕組み〔6〕

まちの中心部に公共施設を作るというと、土地の値段が高いので全体の事業費が膨大になると心配する人がいるようだが、昭和40年代以降、日本の都市がたどってきた道をもう一度思い出してみていただきたい。
土地の値段が安いからという理由で、公共施設は勿論、病院や福祉施設にいたるまで様々な施設がまちの中心部から郊外に移転してきたのが、ここ40~50年の日本の歴史であり、その結果、多くの「悲劇」が発生した。
まず第一は、中心部がにぎわいを失い、寂れてしまっていることである。「シャッター街」と言う言葉は、10数年前から広く使われてきたが、最近では日本中ほとんどの商店街がシャッター街化した結果、逆にあまり聞かれなくなってきた様な気がする。
第二は、車がなければ暮らせない社会になったことである。これからの高齢化社会では「歩いて暮らせるまちづくり」が必要だといわれて久しいが、現実はなかなかそうなっていない。
第三は、せっかく何十年もかけて作ってきたインフラが、遊んでしまっているということである。営々と下水道を整備した場所に人がだんだん住まなくなってきて、郊外に新しくまちを作り、下水道をもう一度作るというようなことが行われている。このような状態を何とか打破しなければならないという考えはいまや常識である。だからこそ、国土交通省は「まちづくり交付金」や「暮らし・賑わい再生事業」で、都市機能のまちなか立地を支援している訳である。
せっかく作ったインフラを遊ばせ、もういちど別の場所に作るというような壮大な「無駄遣い」に思いをいたせば、中心部の土地は高いから・・・というような議論は、「木を見て森を見ない」ものだと言えよう。
即ち、国土交通省はこれからのまちづくりは、コンパクトシテイ型が望ましいとして、今までの拡大型から集約的都市構造に転換し、少子、高齢化社会に対応すべきとして積極的に支援を約束している。まちの中心部は空洞化したとはいえ、インフラは十分に整備されており、そこへ集中的に投資することで、まちの活性化は勿論のこと、既存のストックを生かした波及効果、相乗効果は、地価の安い場所でのまちづくりとは比較にならない程高いと言えよう。