関白秀次とその周囲の人達の責任の取り方

大震災後の復興どころか被災者の日常生活がいまだ定まらないのにも拘らず、菅直人という男の頭の中は己の保身しかないということらしい。閣僚の一人が菅首相に「もっと多くの人の意見を聞いて、判断したらどうか」と忠告をすると、実に嫌な顔をするそうだ。人の意見を聞かずに、ピント外れの反論でごまかし、ますます被害を拡大させている。
被災地では、いまだ水が来ない地域が依然としてある。洗濯も川の水だ。学校給食もパンと牛乳だけという地域もある。仮設住宅もまだだ。原発をめぐるゴタゴタも菅首相の判断の幼稚さが原因であることは万人が認めるところだ。野党の内閣不信任案提出に対して拒否反応を示す人がいるが、菅首相では復旧、復興が遅々として進まない現状を見ると止むを得ないと思う。
普通どんな組織でも危機が発生したら、緊急対策本部を設置する。同本部は出来るだけ少人数で構成し、本部長に指揮命令などの権限を集中させる。そして情報の収集と発信を一元化するというのは常識である。それが未だにキチンと出来ていないし、混乱はますます広がっている。菅首相は責任を感じるどころか、意地を張っているようにも見える。かたくなに人と和合しようとせず、諫言に逆らって国家国民のことを考えないで、軽率な行動を自信たっぷりに繰り返すという、極めて危うい状態に日本中が巻き込まれてしまっている。この人に責任を取るという言葉は通用しないだろう。
責任を取るということで、いかにも日本人らしいなと感じ入っているのは、関白秀次とそれにまつわる話である。関白秀次は秀吉によって高野山へ送られ自決させられた。時に秀次27歳、さすがに腹を切り、山本主繕以下18歳前後の小姓5人も同時に切腹殉死をしている。ところで、ここでもう一人切腹した男がいた。使者が来た時に、たまたま秀次の碁の相手をしていた東福寺の僧、玄隆西堂である。こうゆう場所へ来合わせたのも、よくよく深い因縁があるからだとして、悠然として共に切腹したのである。彼は秀次の陰謀に加担していたわけではない。皆が切腹しなければならなくなった場所にいたということだけである。そうゆう「関係」のため死んだのであり、それが日本人というものなのである。18歳前後の小姓たちも死ぬ必要はなかった。彼らは秀次が成り上がりだから、譜代の臣下でも何でもなかった。小姓だから政治に参画していたわけでもない。たfだ彼らは、関白という最高権力者の近臣として、出世するだろうという未来を持っていた。そうゆう可能性を持つ地位にあったという責任に殉じたのである。菅首相や、そして多くの政治家は、こうゆう死に方をした無数の私たちの父祖の霊の前に、せめて少しは、恥じる心を持ってもらいたいものと思う。