国とは

ウクライナがロシアに一方的に侵略されている状況を見るにつけ、これが日本に起こったらどうするかと考えると、途轍もない不安に駆られる。いかなる国であっても、その国が存続していくためには、国を守る体制をしっかりとしたものにしておくことは基本である。そうでなければ国家は、その国を侵略したり、転覆したり、民生を破壊しようとしたりする暴力に対抗することができない。ウクライナの国民をロシア兵は見境なく攻撃して、大量の虐殺が行われている。今朝の新聞では、ドロ-ンによる上空からの化学兵器による攻撃があったような記事もあった。
その様なニュ-ㇲを見るたびに、国外からの侵犯に対しては、組織化された、訓練された、優秀な軍隊を持つことが、いかに大切かが分かる。領土や国民は、言うまでもなく国家存続の基本要件だが、その領土、国民を保全するための体制を欠いているのが今の日本である。少なくとも戦後75年間はそうゆう建前でやってきた。日本国憲法前文を見ればそれが証明できる。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」云々と。要するに国家固有の権利に基づき、またそれなしでは、国家が存在しえないはずの軍隊を持つことを、断念すると決意したわけである。そして日本の存続および我々の安全と生存は、日本以外の国々の「公正と信義」を信頼することに委ねるというのが憲法前文である。
今回のウクライナ問題を見ていると、日本という国は、国とはとても呼べないもはや国ですらないのだと思わざるを得ない。戦後の日本は、日米安保条約を手掛かりに自由主義陣営に属し、アメリカから求められた役割を果たしてきた。それは昭和23年、アメリカの国家安全保障会議の文章に明示されている。日本は経済的には国際社会に復帰せしめるが、軍備は持たせない、という形によってである。以来、日本はこのアメリカの基本政策に支えられて、自由主義陣営の一員としてひたすら経済的繁栄を謳歌することができた。
然しながら、今回のウクライナ事件を見るにつけ、国柄をきちんとしないと国家国民を守れないことがはっきりした。
今の日本は行政改革や規制緩和といった目先の処方箋によって、国の活気を取り戻せるような生易しい状態ではない。要するに国そのものを作っていかなくてはならない。戦後75年たって、国の形がゼロのなってしまったのである。
新しい国を目指すのであれば、きちんとした憲法を持つ必要がある。憲法改正については9条の問題をひとまず置いといてという法律家や政治学者がいるが、それこそ物事の軽重を知らない連中の弁である。
まず、9条を改正しなくては、日本は一人前の国とは言えないと思う。「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざる可からず」孫氏のこの言葉を国民全体の意思として、憲法の条文にそのまま取り入れてもいいのではないかと思っている。