しっかりしてくれ菅首相

「大統領は役者でないと務まらない」とは、レーガン米元大統領の言である。今の菅首相を見ているとある種の納得のいく言葉である。安倍前首相が病気で突然辞職して、十分な準備のないまゝ、首相の座に就いた菅首相は、前首相の衣装をそのまま引きついているようだ。
その結果、コロナ対策という大きな問題を抱え、身に付かない政策の中で、大根役者を演じてしまっている。たしかに首相としての資質には多少疑問があったが、官房長官時代の切れ者ぶりは全く影を潜めてしまって、あまりにも不似合いな衣装の中で、それを自分の衣装と思い込んでしまった事が、今日の日本の不幸を招いている。
明治45年刊「日本疾病史」によると、「明治23年の春、我が邦にインフルエンザの大流行ありし」とある。1918年にはスペインかぜが猛威を振るった。世界中のスペインかぜによる死亡者は1500万人から2500万人であったと推定されている。日本では約39万人と報告されている。それ以来、「アジアかぜ」「香港かぜ」「ソ連かぜ」と約10年の周期で世界的大流行は続いた。一旦かかった人が治ってもウイルスは微生物として存続するために、どこか別の人、別の生物に感染を続けていくということらしい。物凄く怖いのである。従って、徹底した対策を講じなければならないとんでもない相手なのだ。まさにホラー・サスペンスの世界なのである。
自民党は長い間、単独政権であり、党内の権力闘争は今よりもはるかに熾烈であった。それだけに派閥のリーダーは「政策を自ら考え、打ち出した」のである。
外に政権を担えるような政党もなかったし、限りなく経済成長も続いていたから、派閥抗争は強力な「党の活性化」につながった。
この中で首相として何をやるかを世論に訴えることは、党内抗争に勝ち、「首相候補」になるための重要な要素であった。
次の首相候補に重要なことは、世論に向けてのより明確なメッセージであろう。ビル・アンド・ビルではないが、既成概念を一旦壊して、新しい思い切った政策をつくり、それを実行することだ。だが、今のところ見渡しても、どうもそのような国会議員が見当たらない。
ならば、優秀な企業の経営者を付けたらどうであろうか。何故なら、企業経営というものは、失敗したら即・倒産である。多くの従業員を路頭に迷わせ、家族の生活もどん底になる。常に崖っぷちにたって、仕事をしているのである。
それに比べ、政治家は失敗してもその責任は極めてあいまいだ。せいぜいマスコミに叩かれるぐらいである。これでは真剣になる筈がない。優秀と云われている役人にも同じことが言える。