政治家の カタカナ語はなくせぬか

新型コロナウイルスの感染拡大で、国中が緊急事態を迎えている。我々の環境は、急速な都市化で人口密集度が上昇し、人間の生活地域の拡大で野生動物との接触機会が増えている。当然、新たな感染症の発生や流行は、免れなくなってきているのだろうと推測される。感染拡大が社会不安を招く中、心理的要因が混乱をさらに広げている中で、報道する側の姿勢も、これに拍車をかけているように思う。特に政治家、特に小池東京都知事の言葉は我々にはわかりずらい。クラスター、オーバーシュート、パンデミック、ロックアウト等々。
言葉の意味が併記される新聞などからは、全く意味不明ではないが、いずれにしろ分かりにくい。テレビで都民に呼び掛けているカタカナ語からは、とっさに理解できないことが多い。このような非常時になぜ、ピンとこないカタカナ語を多用する必要があるのか全く疑問である。
我々が求めているのは、言っている内容が何を意味するのかであり、意味不明では何にもならないのである。非常時ほどわかりやすい日本語で、シンプルな情報提供をすべきだろう。