躾に名を借りた暴力

親が我が子に対する、暴力事件がやたら多い。暴力の結果、死に至らせる痛ましい事件は、記憶に新しい。 鶏の親子は、卵が先か鶏が先か、とよく話題になるけれど、人間はどうなのか。
明らかなのは、人が生まれたときには、必ず親がいて、またその親たちがつくる社会があって、子供は親や社会から、様々なことを教えられ、学びつつ、育っていくという事である。そして大人になれば、今度は自分が親として、社会の一員として、子供を教え、育てる立場に立つ。その日本の国の大人である私たちの大半は、年齢によってその程度に差はあるものの、誰もが混乱と貧困の中で苦労しつつ、懸命に復興再建に取り組む、親たちの姿を見ながら育ってきた。そして今、そのお陰で豊かになった社会の中で、それぞれが子供を育てる立場に立っている。子供たちをより良き大人に育てるのは、先になった大人になった者の務めである。
その大事な責任を、お互いに今どれだけ果たしているであろうか。
少なくても、自分たちが親の世代に見てきた懸命さ以上のものを、子供たちに示し、与え得ているであろうか。新しい元号「令和」の発足の時代を迎え、家庭で学校で社会生活で、今、私達大人の責任が、改めて厳しく問われていると思う。