集中豪雨対策

毎日猛烈な暑さが続く。世界各地が、過去に例がないほどの暑さに、見舞われているそうだ。 地球温暖化の早急な対策が必要だ。 今のままのペースで地球温暖化が進むと、2040年には現在の1.7倍、集中豪雨が起きると新聞に載った。 猛烈な暑さも、集中豪雨も地球温暖化が原因のようだ。 したがってCO2削減が喫緊の課題である。 我々が、現在の豊饒な生活を今後も続けるには、地球温暖化の削減が、どうしても解決しなければならない問題だ。 そのためには石油、石炭と言った化石燃料の削減がどうしても必要になってくる。 火力発電の負荷を早急に減らすことが重要だ。 小泉元首相が原発を否定しているが、文明を支える要因の原発を否定しまうのは、軽率を超えて危険な話だろうと思う。 ある期間を想定して、その間、我々はいかなる生活水準を求めるのか。それを保証するエネルギーを複合的に、いかに担保するのかを斟酌計量しないで、かっての原爆体験を背に原子力そのものを否定することが、さながらある種の理念を実現するような、センチメンタルな錯覚は、結果として己の首を絞めることになりかねない。人間の進化進歩は、他の動物には及ばない、人間のみによるさまざまな技術の開発改良によってもたらされたものだと思う。その過程で失敗もあり、その超克があった。それは文明の原理で、原子力もそれを証するものだ。そもそも太陽系宇宙にあっては、地球を含む生命体は、太陽の与える放射線によっても育まれてきたのだ。それを人為的に活用する術を、人間は編み出してきた。その成果を、一度の事故で放棄していいのかと思う。 そうした行為は、人間が進歩することによって、文明を築いてきたという近代の考え方を、否定することになる。
人間だけが持つ、英知の所産である原子力の活用を一度の事故で否定するのは、一見理念的に見えるがそうではない。 日本と並んで原子力の活用で他にぬきんでいるフランスと比べれば、世界最大の火山脈の上にあるという、もろく危険な日本の国土の地勢学的条件を斟酌せずに、ことを進めてきた原発当事者達の杜撰さこそが欠陥であって、それをもって原子力そのものを否定してしまうのは無知に近い野蛮なものであろう。 豊かな生活を支えるエネルギー量に関する確たる計量も代案もなしに、人知の所産を頭から否定して掛かる姿勢は、社会全体にとって危険なものでしかない。 原発の再稼働により、火力発電をやめることが、CO2削減の有効な対策の一つである。それが猛烈な暑さ対策や、集中豪雨対策にはどうしても欠かせないことなのだと認識すべきなのである。