子供の教育とは

女性の社会進出を決して否と云っている訳ではないが、子供の教育というものは、一体誰に責任があるのだろうかと考える事がある。 今朝の新聞でも、高校一年生の女子生徒が、同級生の女子生徒を殺害した事件が新聞を賑わした。 子供の教育の難しさは、今に限ったことではない。 喫緊の課題であろう。 
教育でまずはっきりしていることは、幼い子供の教育の責任は親にある。 やがて子供は小学生になると、次第に自我に目覚めてくる。 小学校も高学年になってくると、人によって違いはあるだろうが、それがかなりはっきりしてくる。 
そのころになると、子供の教育の責任は誰が負うことになるのか。 自我に目覚めたという事は、善悪の判断はかなりの部分、自分で出来ると云うことである。 従って責任の半分は、子供自身にあると考えるのが至当だろうと思う。 残りの内の半分は親であろう。 そして4分の1残った部分のさらに半分の責任は、学校や教師、残りの8分の1が、社会や友人と云うことになると思う。
世間やマスコミは子供に何か事件が起きたりすると、責任は学校にあると騒ぐことが多い。 学校や教師は限られた時間しか、子供と一緒に暮らさない。 正味6~7時間を子供たちと生活を共にしたところで、その時間は複数の生徒たちに割り振られる。 夏休みなどの長期休暇ともなれば、かなり長い期間、先生と子供は別の生活をする。 子供と誰よりも一緒に長く暮らすのは両親なのである。 特に小さい子供には、全責任の半分以上は親にある。 残りが学校の先生や、近所の人と考えるべきなのではないか。
子供の自我が目覚めるまでの小学校低学年までは、親が教育の責任者だ。 その場合、子供の立場から考えると、親とは母親なのである。 これは自分の体験で言っているのであるが、複数の友人達に聞いてみると、10人が10人そう言っているのでたぶん間違いないと思う。 女性の社会進出も結構だが、肝心なことは子供の教育をどうするかの方が重要だろう。