当たり前のことの再認識

糠は米の康と書く。 すなわち心身の健康にいいということだ。 昔から糠味噌につけた野菜の香のものは、日本食に欠かせないものだった。その自慢の味は祖母から母へ、母から娘へと受け継がれた。 しかし今、この糠味噌の伝統を守っている家庭がどのぐらいあるか。 
安倍首相が女性の社会進出を強力に唱えている。 しかしながら、女性が外で働くようになったからと云って、家庭料理もろくに作らず、外食、インスタント食品で間に合わせるのでは、まともな子供が育たなくなるのではないのかと心配だ。 各自冶体とも、待機児童ゼロを掲げて、競争のように保育所の整備を進めているが、育児の社会化が過ぎれば、子供は愛着の形成ができないままに世に出されていくことになる。 父性・母性の豊かな開花も置き去りにされることにもなる。
男女平等、女性の社会進出は時の流れだとは思う。 さはさりながら、その理念の追求を急ぎすぎて、多くの大切なものを失ってしまっては身も蓋もない。
「大地のことを母と呼ぶ」。 大地は不動だから、母もまた不動。 男女は人間として差別はないが、区別はある。 
女は外で働いてもいいが、母親だけは男ではつとまらない。 せめて子育ての間はどっしりと家庭に腰を据えた存在であってほしいと思う。
人は古い考えと云うかも知れないが、当たり前のことが当たり前でなくなった時がこわい。