公的な立場の人は

葉隠に「大雨の感という事あり。 途中にて俄雨に逢いて、濡れじとて道を急ぎ走り、軒下などを通りても、濡るることは替わらざるなり。 初めより思いはまりて濡るるとき、心に苦しみなし。 濡るることは同じ」。 巧みに立ち回っても、濡れることは同じ。 臆して迂回しても死ぬことは同じ。 さればまず死という人生唯一の絶対を、正面に据えることにより、些事、煩悩を断ちきった透徹した目を持つことができ、その濁りなき価値観を持って刻々生きていこうということである。 
最近どこかの首長が、出入りの業者の車と、自分の車を取り換えたという新聞記事があった。 実態はどうであれ誤解を受ける話である。 
公的な立場の人間は、己の利害得失に関わると他人に受け取られるようなことは、露ほどの誤解を受けるような行為はしない方が賢明である。 
誰でも多かれ少なかれ、自分の利害や損得を考える。 したがって、何か事を決する場合に、当然の事として、そうした自己中心の意識が働く。 しかしながら、責任ある立場の人が、自分のことを中心に物事を考えていたのでは、何もまとまらない。 自分の欲望を節してでも、他の事を優先して考えるということが必要なのである。
一般人は、この自意識と他意識を半々ぐらいの割合でいいのではと思うが、責任ある立場にいる人は、当然自意識はなくさなければならない。 特に国を預かる政治家や自治体の長は、最も高い他意識の発揮が求められる。
私利私欲にとらわれず、自他ともの観点から何が正しいかを毅然として考える態度が、これらの人々の基本的心構えであると考える。  葉隠れの精神はとっくにそれを喝破している。