人に感動を与えるということ

 もう30年以上も前のことだが、時々思い出して感慨無量の想いに耽ることがある。 会社勤めをしていた頃の話だが、そのころの日本もオイルショックで不景気のどん底だった。 親しい友人(今もって親友の一人)から聞いた話だが、彼の会社も例外ではなく、操業は極度に落ち込んでいて、帰休騒ぎの真っただ中にあった。 全員が必死で新規受注先の開拓や、新製品の開発に取り組んでいた。 そうゆう状況のなかかって取引のあった会社のオーナー社長で、古くからの友人が突然工場を訪ねてきた。
 工場を見たいというので案内した。ちょうど昼時でもあったので、食事でもと誘ったのだが急いでいたらしく、社長一行はそのまま東京に帰っていった。 2、3日経って、その会社から久しぶりの、しかも大量の注文がきた。 
受注不足で困り切っていた折なので、まさに干天に慈雨とは文字通りこの事と、全員で飛び上がって喜んだものだった。 
早速お礼の電話を入れるとオーナー社長は「何故、今回お宅に注文を出したかわかるか」と問うてきた。友人が答えられずにいると、オーナー社長は「実は先日お宅の工場を見せてもらった時、まず、工場が素晴らしく清潔に清掃されていた。 いつもきれいではあったが、これほどきれいで清潔に整頓されていたことは今までになかったことだからね。 そのうち、ある現場を歩いていくと、年配のおばさんが前を横切ろうとして私に気がついた。 おばさんは、立ち止まって、ていねいに、それこそ本当にていねいに私たち一行に対しておじぎをした。そのおじぎは私には(遠いところを、よくいらっしゃいました。何とぞ、よろしくお願いしますよ)と、全身で訴えかけているように思えた。 実を云うと、出かける前には、注文を出すつもりはあまりなかったのだが、 おそらく雑仕事をしているであろうあのおばさんのおじぎを見て、これなら注文を切り替えても大丈夫だと決心としたのだ。」と話された。
その後注文は引き続きあって、会社が活気が出てきたのを今更ながら思い出す。 この話を朝礼で全員に何回か紹介したが、そのおばさんが誰であったか遂に分からず仕舞いであった。