努力なしには

 巨人のリリーフ陣の防御率は1・97と驚異的である。 ぶっちぎりで優勝するのも当然と思われる数字である。 その中心的存在は、山口投手であるのは誰もが認めるところであろう。 ワンポイント、セットアッパー、抑えと複数の役割でフル回転して、5年連続で登板60試合を超えた。巨人フアンにとっては、どんなピンチでも山口投手が出てくると、これで安心と胸を撫でおろす。
そんな山口投手も筆舌に尽くし難い努力をして、今日の実績を築きあげたのである。 山口投手は高校を卒業して単身渡米し、ルーキーリーグに所属したとき、月給は10万円に満たなかった。 5人部屋に寝起きし、ハンバーガーで空腹をしのいだという。 試合後に長距離移動のバスに揺られて眠り、明ければまた試合に臨んだ。テレビカメラの放列に無縁であったその人が、やがて日本球界屈指の左腕となる。 プロを夢見て、今日も黙々と素振りをし、走り込みをする無名の若者がどこかにいるだろう。
しかし、努力は必ず報われるものだと信じて、歯を食いしばるしかあるまい。
かって、名選手と言われた人たちの努力もすごかった。 メキシコ5輪で銀メダルの君原健二選手は、練習で一番大回りして走り、宋兄弟は120キロの超長距離走に挑み、瀬古は普段から石を持って安全靴で歩いた。 日本人初のマラソンで金メダリスト高橋尚子は、非科学的とされた標高3,500メートルでの練習を敢行した。日本を先導したランナーたちは、科学の進歩にアンテナを張りつつ、苦しく、孤独で、単調なマラソンに必要な忍耐を日本人らしい勤勉さと、人とは違う何かを自らに課すことで引き出してきた。
努力する人は共通して、切なく、つらい思いで、空を見上げたことがあるものである。 
人間の持ち時間に大差はない。 問題はいかに深く生きるかである。 深く生きた記憶をどれだけ持ったかで、その人の人生は豊かなものにも、貧しいものにもなる。深く生きるためには、その人がどれだけ努力したかで決まる。 巨人の山口投手を見ていると、いつもそう思う。