体力の凋落

もう、一か月以上になるが、腰と左手首が故障して治らない。 今まで体力には、ひそかに相当な自信を持っていた。 小、中、高と野球部に籍を置き、真っ黒になって毎日のように白球を追っていたという実績から、そう思っていたし事実そうであった。 特に土浦一高時代には、あの木内監督から「鬼のシゴキ」を受けていたメンバーの一人である。 それに耐えるスタミナと、筋肉を鍛えたと思っていたのだから、体力に自信を持っていたのはしごく当然であった。
ところがごく最近、突然ふと俺は、年をとったのかな、いやまさしく、年をとったのだと感じ、感じるだけではなく愕然とした現象にぶち当たった。
朝の散歩中に、左足に痛みと痺れらしきものを感じ、やむなく医者に行った。 診断の結果は、脊柱管狭窄症だという。 骨の老化が原因らしく、腰から下半身が痛み、歩くと痛いし、痺れが出る。 左手首は、瓶の蓋などを空けるときに、無理をしたということのようだ。 親指の関節がどうかなってしまったらしい。
昔はすぐ直ったのだが、今はなかなか治らない。 要するに肉体が年をとったがために衰え、復元に時間がかかるということなのだと思う。
若い頃強い、素晴らしい肉体を誇ったことのある人間ほど、後年それが肉体として凋落していった時往時を振り返り、かって素晴らしかった肉体への郷愁に襲われるものなのだと思う。しかしながらこれは、誰も時間のもたらす老いに勝てるものではない。 どこかで諦観するしかないのである。
しかし、人間だれしも老いていく、衰えていくその肉体に、漠然とした不安を抱え、尚、それにあらがって週に何日も、必ずスポーツセンターに通っているのだが、なんとも筋肉の衰え、反射神経の鈍麻、さまざまな機能の衰退や障害の現出は防ぎようがない。
そうはいっても、日常ろくなトレーニングもせずにほおっておけということは、決していいことではあるまい。 懸命に努力しても肉体の老いは、食い止めることはできないのは分かっているが、しかしまた、その努力が大事なのだと思う。 放置された肉体など、手入れを忘れた庭にあっという間に雑草がはびこるように、たちまち無残なものになってしまう。
したがって今日も、スポーツジムに行くことにしようと思う。