当世の父親・母親

全く久しぶりに小学校の授業参観を経験した。 不覚にも想像すらしていなかったのだが、集まっている父親・母親が実に若いのだ。 こちらが年を取り過ぎたから、若く見えるのだと思ったが、そうとばかりは言えないような気がする。 どこかに錯覚があるのかもしれないが、その行動や服装とか、何かというと嬉々として少年の振りをしたがる父親と、少女の振りをしたがる母親たちが、いるのに面食らった。
当世の父親や母親は、若く見えること、もしくは、幼く見えることが、時代の先端であるかのような気持ちを持っているようで、しかも、それを子供も喜ぶと信じているように見える。 確認はしていないが、そう思える。 母と娘がまるで姉妹のようだと見られることを、名誉のように感じているらしいが、果して子供はどう思っているだろうか。
吾輩の感性からいうと、妙に若やいだり、若ぶったりする親というものは、迷惑であっても自慢に感じるものではない。 まして少年のふりをしたり、少女のふりをしたりすると憎悪さえ抱く。
子供の感性は多分、貫禄や風格を示しながら、チラと好ましい稚気を感じさせる父や母は魅力に思うが、風体や行動そのものが少年少女になられると困るのである。なぜなら、父にしろ母にしろ、子供にとっては逃れ難い明日の自分の姿であるのだから、その責任を捨てて、チャラチャラされたのでは、目標を失うのである。
大昔にも、姉妹のように見える母娘というのがあったが、それは母が母として若く、娘が娘として成熟していて差が縮まったからである。
決して母が娘のふりをしたからではない。 どうも当世の親たちは、夫であり妻でありするよりも、男と女のままでいたがるように見える。 したがって父と母の役柄など引き受けたくないと思っているとしか思えない。そしてその結果、少年ぶりたい父親と少女ぶりたい母親ということになるのではないかと思うのである。
子供は友達のような親など絶対に求めていないのである。
子供にしたら、堂々たる父親や颯爽とした母親になって欲しいのに、いつまでも子供と同じ場所にいようとする、少年のような父も少女のような母も、成長拒否で変態失敗の姿だと自覚するべきであろう。 このような両親のもとでは子供の健全な成長は望めないし、永久に社会の大人になれない何代目かの子供が、幼稚なまま育つだけで、やがて大人のいない社会が構成されてしまう。