肝心なこと

菅首相の言動を見ていると、彼は日本人とはかけ離れた種類の人間だとつくずく思う。なんと言うか、日本人のビヘイビア〔ふるまい、態度〕といったものがまったく感じられない。彼にとって大震災にあって、すでに四ヶ月を過ぎて尚、避難所生活を余儀なくされている人達の苦労等は、まったく眼中にない。国民に節電生活を強いながら、自分は首相官邸にいて、空調の効いた部屋で役人を怒鳴り散らしているだけで、何一つ有効な政策を実施していないばかりか、夫人同伴で夕食の梯子をしている。許しがたい暴挙だろう。民主党の議員もこれをやらしているわけだから同罪である。与野党を含めて、菅首相を即刻引き摺り下ろすのが、国会議員の喫緊の仕事だ。菅という男はリーダーシップがないとか、震災や原発事故の対応がダメだといっても今までの彼の言動からは、多分蛙の面にションベンだと思う。彼にとっていちばん嫌なことは、外国人献金の問題である。前原前外相もその件で外相を辞任している。外国人からの献金は政治資金規正法で明確に禁止されている。彼は明らかにこれに違反している。有罪となれば三年以下の禁固または五十万円以下の罰金で、公民権停止になる。ということは議員はもとより、総理大臣も辞めなければならない。それほどの罪を彼は犯しているのに与野党の議員は、一体何をやっているのか。地団太を踏む思いとはこの事である。
そう云えば、我々日本人は子供の頃から、両親や祖父母から恥を知れと教育されて育ってきた。含羞という美しい日本語が消えつつあるのは、政治家の影響が大きいのだと思う。長谷川町子さんの「サザエさん」という漫画があった。「サザエさん」の漫画は日常生活の中で失われたものを探す、索引としても読むことが出来る。練炭、豆炭、炭団、行水、ひなた水、柳ごうり、蚊帳、夕涼み、縁台、どぶ、すだれ。また大分前の話だが、首都圏のビジネスマンを対象としたある企業の調査によると、最も所有率の低い用品はハエ取り紙、ついで七輪、火ばち、蚊帳、掘り炬燵、屏風、ハイ帳、よしずの順。最低のハエ取り紙でも、全体の3%が今でも持っていると答えている。これらを持っているのは年代が高い人ほど多く、当然の事ながら若い人には少ない。水まくら、ふろしき、茶だんす、かんな、すり鉢も年代格差が大きい。若い人が年をとるにつれて、次第に消えていく運命にあるのだろう。消えていくのは生活用品ばかりではない。恥や恥じらいという言葉も消えつつある。政治家によって含羞という言葉も消されつつある。何かというと「一定のメド」とか「ペテン師」とか「「やめろ」「やめない」とか、わめく永田町の政治家にとっては、ちゃぶ台同様「含羞」という言葉は、完全に消えた言葉だ。