トップの劣化

最近読んだ本の中に、面白いことが書いてあった。人材の質を一流、二流、三流と分けた場合、一般的に最も出現率の高いのは、三流の人材だそうである。
企業を起業し成長させることは、一流の人材にしかできないが、組織が成長し人材が増加すればするほど、採用のエラーや人材の枯渇といった要因から、三流の人材が増えることになる。
やっかいなことに、二流の人材は一流の人材を見抜くことが出来るが、三流の人材は一流の人材を見抜くことが出来ない。しかも二流の人材は、一流の人材にコンプレックスを抱えているので、これを徹底的に疎んじる傾向が顕著だ。従って、一度でも二流の人材がトップにつけば、それ以降、その組織のトップに一流の人材がつくことはない。
要するに、その組織の人材のクオリテイは、世代交代のたびに、三流の平均値へと収斂されて行くといった事になる。組織の人材クオリテイが、世代交代を経るごとに、エントロピー増大の影響を受けて、三流の平均値に収斂するという事は、長く続いている大企業であればある程、リーダーシップのクオリテイが劣化している確率が、高いという事になるという事だ。
思い出すのは、平成元年、世界全体に占める日本のGDPは、米国の28%に次ぐ15%を占めていて、米国の背中が見えていた。世界上位50社(時価総額)中、日本企業が32社を占めていた。が、今や50社に食い込んでいるのは、トヨタのみである。危機感の欠如もあろうが、トップの人材不足が、今日の衰退の原因である。企業のみでなく、政治や行政の世界も、同様の事が言えるのではないだろうか。