政治家の言葉

政治家にとって、言葉は命である。確かに表現や用語には、慎重な選択が求められてはいる。しかし今のように、箸の上げ下ろしに政治家の:言葉狩り:に躍起になっている時代とは、一体何なのだろうと思う。政党もマスコミも、ただそのことのために、ウの目、タカの目であら捜しをしている。
国会での野党の質問も、政策うんぬんよりも、大臣に対する個人攻撃ばかりが目に付く。オリンピックの精神は何か、パソコンを使ったことがあるかなどと、大臣の個人の質の低下をあぶりだしたい質問などは聞いていても見苦しい。
こうゆう風潮が続いていけば、政治家は官僚の口真似をするか、官僚の書く作文を棒読みするか、という事になっていくのではないか。自分の所信や信念を語ることにも憶病になっていくことになるのではないか。
もともと我が国の歴史の中で、政治は士の仕事であった。士の気質は、一言で云えば、「名こそ惜しけれ」の思想であり、モラルであった。恥ずかしい事には耐えられない。また、町人の支配する金銭に無縁であった。無縁であることにむしろ誇りを感ずるのが士であった。そうなればこそ、民衆は政治家を尊敬した。
原点に戻ってもらいたいものだ。