車内の風景から

久しぶりに上京した。都内を移動する車内の風景として感じるものに、ほとんど全員がスマホに見入っている。異常な光景である。荷物をぶっつけようが、人の邪魔になろうが、お構いなしだ。皆うつむいて自分の関心事にふけっている。何かに没入し耽る表情とは、きわめてプライベートなものだ。それを公衆の面前で一斉にやっている姿というのは、やはり異様だ。
他者への想像力を欠いたる振る舞いを、「野暮」と言う。 今日の日本人は、社会的行動に対して、もう少し洗練されてよいと思う。
どうも最近の日本人は、他人に対して無関心になってしまっている。そして日本人として、いかにあるべきかなどと考える人も、少なくなってしまったように思う。おかしなことに、愛国心などというと、必ず反ぱくする人がいる。いろんな思いや考え方もあるとは思うが、日本に生まれた以上、その国の民であり、その国のルールに従うことになるのは当然であろう。自由だ、民主主義だと、自分本位の考え方で良いと思ってしまう人が多くなった。集団的自衛権の問題でも、勇気をもって前向きの姿勢で日本国を守ろうと、一生懸命に解決を望む政治家を、「戦争を引き起こす」などと非難することは間違いだろう。自国を守るのに、他国にばかり頼り、何かあっても他国に力を貸すこともできないことが平和ということであれば、その平和とは何であろうと首をかしげる。他国から見れば、日本は大国であり、その日本が軍備を用いることが、不可能であるなどとはどこの国でも思ってもいない。
戦後63年間、日本は外国と戦火を交えていない。自衛隊と日米同盟で抑止力を維持し、適切な安保政策で憲法の平和主義を体現してきたからだ。
しかしながら現在は、北朝鮮の核の脅威と中国の軍事的圧力から国家国民を守るために、早急に憲法改正が必要なのは論を待たない。憲法改正は、戦力不保持と交戦権の否認を定めた二項を削除すべきである。