寺の総代

8月は盆の季節であり、幼少のころ祖母の傍らで茄子の馬を造り、胡瓜に足を付ける手伝いをしたものだ。仏壇から流れてくる線香の匂いに、亡くなった先祖が近くに来ることを信じ、神妙に手を合わせた。 この思い出は、実になんとも言えない懐かしく、甘酸っぱような不思議な思いを感じる。 数年前に地元の寺の護寺会長を引き受けることになった。 それで、今まで全く関係していなかった、寺、墓、或いは霊魂とか、従来は全く知り得なかった環境の中に入ることになった。 施餓鬼の法要などは先祖の姿を、彷彿とされる意義深い行事である。 そんな感慨にしたっている暇もなく、いきなり大きな変革の中にほうり込められたような気がしている。 ご多分にもれず、寺に対する人々の考え方に、大きな変化が起きているからである。
高度成長期、若い労働力が一気に都会に流れ込んだ。 いわゆる「金の卵」と呼ばれた中学、高校卒の人たちが、集団就職で農村から大量に都会へ出た。 彼等はそこで結婚をし、家庭を持ち、両親と子供との核家族化を生みだした。 結果、地方では墓を維持する中心人物が失われ、一方、都会の家族は、子供が成長して巣立つことで自身が高齢者になった。 高齢者の単身化も進み、自らが死者の列になった時、誰が地元の墓を維持するのだろうという問題が発生してきた。
かって、檀家制度を支えてきたのは、地元に住み続ける3世代同居の家族であった。 墓碑銘の書かれた墓と、そこに納められた遺骨を代々守ることは、寺と檀家の寄進によって支えられ、死者は眠り、家族の来るのを待っていた。 それは日本全国津々浦々に見られる、ありふれた光景だった。 しかしながら、今の時代、それが不可能になってきているのである。 こうした悩みを解決する方法として、これまでの檀家制度を廃止し、永代供養墓を設け、信徒制度に切り替える動きが活発になってきたのである。
自らが死者の列になった時、誰が墓を維持してくれるのであろうか。 自らの遺骨を、いったい誰が供養してくれるのか。 こうした切実な悩みが、「永代供養墓」を生み出す背景にあるという事なのである。 日本人の死生観に、大きな変化が出てきたという事なのであろうと思う。 檀家制度の危機と崩壊は、身近に来ていると感じざるを得ない。 やむを得ないことなのだとは思うが、やり切れない思いが強くある。