街の中

新年の様々な会に出席した。どこへ行っても街中の賑わいが無くなったことを嘆き、「活性化、活性化」と、うったえる主催者や来賓の挨拶が続いた。しかし、この種の話は、昨年も、一昨年も、その前もずっとそうだった。それなのに毎年同じ話になるというのは、一体どうしたことかと思う。問題だと分かっていながら誰も具体的に何もしなかったということなのであろう。
昔の仲間と毎月一回、必ず、駅前の小料理屋で旧交を温めることにしているが、年配者が多いので19時30分にはお開きにしている。帰りに皆でバス停まで歩くが、まだ宵の口であり、しかも駅前だというのに人通りが疎らだ。かっての賑わいを知っている連中ばかりだから、話題は当然賑わっていた頃の懐かしい話がでる。
街のなかの活気が失われた原因はいろいろと考えられる。
1、郊外に大型の商業集積が進行した
2、中心部が空洞化した
3、人々の生活様式が多様化した
等など。ただ日本経済全体の低迷ではない事は確かだ。郊外への店舗の進出は、経済の成長と車社会の進展によるものだろう。この現象は日本経済が長いトンネルに入る前から進んでいた。経済の成長が郊外の発展を促進し、これに伴う変化に適切に対応してこなかった。あるいは変化に対する認識すらなかったことによって、中心部の空洞化が見る間に進んだ。
街に元気がないのは、要するに人が集まらないからであり、人が集まらないのは魅力に乏しいからである。どうすれば人が集まるようになるのか、知恵をしぼるしかない。新年会に活性化を訴える立場にある人達は、活性化を具現化する立場の人たちであり、自分たちの仕事そのものだろうと思う。今さらながらその人たちの責任は重い。動きのないところに元気は生まれないのである。
約800年前の方丈記に、鴨長明は「よどみにうかぶうたかたは かつ消えかつ結びて 久しくとどまりたるためしなし」と書いた。時代は絶えず移ろい、それを支配するシステムも常に変わる。 従って、人も地方も国もそれに従って常に変わらねばならぬと説いた。変わる国や地方は栄えるということだ。その揺るぎない理を怠るとこうなるということなのである。