当たり前のことの再認識

糠は米の康と書く。 すなわち心身の健康にいいと云う事だ。 昔から糠味噌につけた野菜の香のものは、日本食に欠かせないものだった。その自慢の味は祖母から母へ、母から娘へと受け継がれた。 しかし今この糠みその伝統を守っている家庭がどのくらいあるのか。 糠みそくさい女房なんて今時はやらない。 と云われれば「まー、止むを得ないか」とは思う。 胸の形が崩れるからと、我が子に母乳を与えず、ミルクばかり飲ませるというのは、如何なものか。 その上、女性も外で働くようになったからと言って、家庭料理もろくに作らず、外食、コンビニ弁当やお惣菜で間に合わせるのでは、まともな子が育つわけがない。 いま、女性の社会進出は時の流れだとは思う。 さはさりながら、その理念の追求を急ぎすぎて多くの大切な物を失いつつあるのではないか。
「大地の事を母と呼ぶ。大地は不動だから、母も不動。しかし母は不動でも女は動く 」 男女は人間として差別はないが、区別はある。
女は外で働いてもいいが、母親だけは男では務まらない。 せめて子育ての間は、どっしり家庭に腰を据えた存在であってほしいと思う。 人は、古い考えというかも知れないが、当たり前のことが当たり前でなくなった時が怖い。