天下り批判は国益を失う

霞が関に何人かの友人がいるが、彼等の仕事ぶりにはいつも驚かされている。 政府は長時間労働是正に向け、時間外労働(残業)の上限を、年720時間とする(月平均60時間)法案を提示したりしているが、国家公務員総合職、いわゆるキャリアと称される彼らの仕事に対する姿勢は、我々が想像しているより、桁違いに厳しい。 彼等の多くは、日本を背負っているという自負を持っているから、徹夜での仕事等は当たり前のように,認識している。
特に国会中などは、毎日のように深夜に及ぶし、予算編成の時なども数週間は、役所の床にごろ寝しているのに何度も遭遇したことがある。
しかも、彼等のほとんどは、日本の最高学府の出身者であり、そこで得た英知を駆使して、国家のために仕事をしている。 規定により、同期で一人が事務次官候補であり、その他は早い時期から、退職を余儀なくされる。 従って、どうしたって再就職をしなくてはならない。 退職した高級官僚の在職中に鍛えられた見識を、国益のために使わない手はないだろうと思う。
それを 「天下り」 などと批判することは、国益を害するに等しい行為だと思う。 もちろん法律に違反する行為は避けなければならないし、度の過ぎた厚遇や、業界との癒着を疑われかねない、再就職は避けるべきだろうと思う。 しかしながら、、日本を背負っているという自負のあるキャリア官僚に、接したことのある人なら私と同じ感想を必ず持つ。 天下り批判は、国益に反すること確実である。