大相撲

 5月場所の初日、横綱白鵬が敗れるという大番狂わせがあった。 その白鵬だが、先々場所で優勝はしたものの、審判の批判をして大騒ぎになった。 
大相撲の誤審騒ぎといえば「世紀の誤審」と騒がれた一番があったのを思い出す。 昭和44年の大阪場所での大鵬対戸田戦である。 物言いがつく際どい勝負は戸田の勝ちと決まり、横綱大鵬の連勝は45で途切れた。
ところがテレビ中継のビデオでは、大鵬の足が土俵に残っていた。
「誤審だ」と支度部屋に押しかけた報道陣に対して、大鵬の答えは満場をうならせた。 「横綱は物言いのつく相撲を取ってはいけない。自分が悪い」。
横綱も聖人君子ならぬ生身の人間で、誤審に心が乱れぬはずはない。
大相撲の魅力を「抑制の美学」と評した相撲ジャーナリストがいたが、感情を胸に封じ込めた大鵬の言動がそれであろう。 いわゆる武士道に通じる思想である。
最近の大相撲に対して、時々首をかしげるような様を見ることがある。 土俵を割った相手に対して、ダメ押しをして観客席へ倒れこませたり、張り手を乱発したり、挙句の果ては勝った瞬間、ガッツポーズを見せたりする力士がいる。 これは相撲の伝統の美学からは程遠い。 大したことではないとこんな動作を認めていると、知らず知らずのうちに大相撲が何か別種の格闘技になってしまう。
今朝の新聞にも、白鵬、横綱622勝、大鵬に並ぶとあった。 しかしながら今の白鵬は、大鵬にはまだまだ遠く及ばない。 好漢白鵬奮起せよ。

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